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リリコ 金スマ ホームレス生活過去2

歌唱力を認められたリリコさんは浜松の小さな芸能事務所を紹介されたそうです。

そして、芸能事務所で会った少し変わったマネージャーさんがのちに五年間もいっしょにホームレス生活をすることになる相手だったそうです。

憧れの海外女優のリリーからとって日本風の名前でリリコとずっと決めていたそうです。

リリコさんの記念すべき歌手デビューはビアガーデンだったそうです。

今井美樹さんの曲を歌ったそうです。マネージャーはリリコさんをすごいと思い、デビューをしてもいないのにリリコさんのファンクラブを作ったそうです。

そして、リリコさんはこの芸能事務所から歌手としてやっていくために祖母の元を離れ浜松の芸能事務所の社長宅に下宿しながら雑用をこなしながら仕事をこなしていたそうです。

そして、リリコさんが仕事から帰ると急に鍵が変わっていて、下宿先に入れなかったそうです。

社長が家にいたのに入れてくれなかったそうです。

マネージャーを呼び話を聞くと田舎なので、外国人が住んでいることが噂になり悪く言われた社長がリリコさんを追いだした形になったそうです。

そして、そのマネージャーも妻から家を追い出されていて、車で寝泊まりをしているということで、ひとまずリリコさんはそのマネージャーとともに車で一晩をあかしたそうです。

それが、リリコさんの5年も続いたホームレス生活の始まりだったそうです。

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リリコ 金スマ ホームレス生活過去1

当時21歳のリリコさんはホームレス生活をしていました。

マネージャーの車で寝泊まりしながらそこらへんの水道で体や頭を洗っていたそうです。

スウェーデン生まれでスウェーデンで生活をしていたリリコさんがなぜ母の母国の日本にやってきてホームレス生活をすることになったのか。

リリコさんは日本の祖母から送られてくる日本のものが好きだったそうです。
その中でも特に日本のアイドル雑誌がすきだったそうです。

高校生になったリリコさんは日本に行くことを決意し、18歳で日本語もしゃべらないまま日本にやってきたそうです。

そして祖母を頼りリリコさんは日本で生活することになりました。

おばあちゃんからはリリコさんは「ぴいこちゃん」という愛称で呼ばれていたそうです。

日本に着いた日にラーメンの出前を食べて、それすら衝撃だったそうです。

そして、リリコさんは近所の弁当工場で働きだしたそうです。

日本語が喋れなくても仕事が出来るということで始めたけれど、高野豆腐を食べ物と理解できなかったそうです。

笑っていいともを毎日楽しみに見ていて、それで、日本語を覚えていったそうです。

そして、オーディションに受かったリリコさんは柴田先生という方のもとで歌を練習していたそうです。

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